LOGIN衣装の裾を持ち上げて階段を上がるツグミに、護衛騎士達が心配そうに声をかける。
「お嬢、こけんなよ」
「笑顔ですよ、笑顔」
「とちったら、僕が何とかするから気楽にね」
彼らの目には、自分は出会ったころのひ弱な16歳の女の子のままなのだろうか。サギルとリュリーアナはともかく、カダンとは一つしか年が違わないのに。
いい加減、子ども扱いしないでと言いたくなる気持ちがないと言えば嘘になるが、彼らが与えてくれたものの方が遥かに多いのも事実。
それに、彼らはこの舞台の床に、忘却の魔法陣があることを知らない。
言えば、絶対に反対されることはわかっていた。そして家族同然の彼らに引き留められたら、自分の決意は、間違いなく揺らいでしまうだろう。
説得を放棄して消えようとする自分は、駄々をこねる子供と一緒だ。
狡い自分を微笑むことで隠したツグミは、護衛騎士に一つ頷いてから舞台に立つ。正面を向いたと同時に、神殿の塔の鐘がゴーンゴーンと鳴り響く。
「まずは、この戦争で神の御許に導かれた者たちに、祈りを」
鐘の音を背に、ツグミは祈りの形に指を組む。それに倣って帝国民も祈りを捧げる。
16年間愛を注いでくれた両親に。共に戦った者たちに。戦火で命を奪われた全ての人に。そして前皇帝と、第一皇子に。
表向きは、前皇帝は病死。第一皇子は事故死したとされているが、真実は違う。寝返った家臣に、二人は暗殺されたのだ。
当時、第二皇子だったアレクセルは、戦争の最前線で指揮を執っており、急ぎ皇城に戻る途中に、焼け野原になった村でさまよっていたツグミを拾って帰還した。
あの時、アレクセルが自分を拾ってくれなかったら、自分は間違いなく、祈る側ではなく祈られる側になっていただろう。
保護してくれたのに、泣かれて、暴れられて、脛を蹴られ、頬をひっかかれ──散々な目にあったアレクセルは、とんだ災難だった。でも一度も、怒らなかった。ただ、ちょっと涙目になっていた。
あの時のアレクセルの顔を思い出し、ツグミはふっと笑う。
祈りを終えたツグミは、まっすぐ視線を固定して口を開いた。
「新しい時代の幕が明けました」
ツグミの声で、帝国民は祈りの形に組んだ指を解き、顔を上げる。
「それでも、痛みや苦しみを伴う試練は、あなたたちの前に現れるでしょう。眠れない夜を過ごす日もあるかもしれません」
そう。戦争が終わったからといって、すぐに元通りになるわけじゃない。
失った命は二度と戻らないし、壊れた建物の修復は、何か月もかかる。踏み荒らされた畑は一から耕す必要があるし、家族や恋人を失った悲しみは、いつまで経っても癒えることはないだろう。それでも──
「どんな時だって私の心は、いつもあなたたちと共にあります。いつでも祈ってます」
たとえこの世界から聖女の存在が消えたとしても、心の支えになるものは、いつもすぐそばにある。
人々が祈り方を忘れないかぎり、きっと気づいてくれるだろう。
だってツグミは、そう神に教えられた。血にまみれた瓦礫の中、必死に祈りながら夜を明かした朝、ちゃんと光を見ることができたのだ。虚無の祈りは、この世にないことを知った。
「皆さんが穏やかな心で眠りにつけますように。大人たちが大切なものを守りきれますように。子供たちが明るい未来を描けますように。絶望しても、立ち上がれますように。泣いた後に、笑顔になれますように」
ツグミが口に出した願いは、全て人が生まれながらにして持つ権利だ。
これが願いではなく、当たり前になればいい。
そして人々が、神様を困らすくらい壮大な願いを口にできる世の中になればいいと願いながら、ツグミは再び祈りの形に手を組んだ。
目を閉じ、息を整える。意識を集中して、足元にある魔法陣に魔力をゆっくりと注ぐ。
足元がじんわりと熱を帯びてきたのを確認すると、一気に魔力を魔法陣に注いだ。
「ツグミ!」
最初に異変に気付いたのは、カダンだった。
さすが稀代の軍師。魔法に誰よりも精通している。だけど、一度術が発動すれば、もう誰にも止めることはできない。
「お嬢、なにやってるんだ!!」
「ツグミ様、おやめくださいっ」
血相変えて舞台に上ろうとするカダンを見て、サギルとリュリーアナも何かがおかしいことに気づいたようだ。帝国民も、官僚も、神官たちでさえ立ち上がり、ざわざわとし始める。
ひときわ豪奢な席に座るアレクセルだけは、静かにツグミを見守っている。
「どうして!?なんで!?嫌だっ、ツグミを忘れたくない!」
舞台に上ってきたカダンが、ツグミに手を伸ばすが、あと少しといったところで辺りは光に染まった。
眩しくて目を開けられなくなり、思わず瞼を閉じた瞬間、何かが弾けた。
ゆるゆると目を開ければ、淡い光を放つ何かが、はらはらと空から舞い降りている。それはまるで、花びらのようでもあり、雪のようでもあったけれど、触ることはできない。
「ごめんね、カダン、サギル、リュリーアナ」
キラキラ輝く視界の中、ツグミは振り返ってカダン達に謝罪の言葉を紡ぐ。彼らの瞳は、絶望の色をたたえながら、ゆっくり力をなくしてく。
「……やだよ、おねがい……忘れ……たくない……」
それでも必死に抗うカダンに、ツグミは近寄ると、その手を取った。
「うん、ありがとう。大丈夫、カダンが私のことを忘れても、私は絶対に忘れないから」
気休めにもならなかったのだろうか。カダンの瞳から、一筋の涙が滑り落ちる。
それを指先で拭いながら、ツグミは栗色の髪をわしゃわしゃ撫でた。
「泣かないで、カダン。また会えるよ、いつか、きっと。その時は、私から話しかけるから──」
冷たくしないでね。
最後の言葉を紡ぐ前に、カダンの瞳は完全に力を失い──大陸全土に降り注いだ魔法の光は、人々から聖女ツグミの存在を消し去った。
そして聖女から孤児に戻ったツグミは、混乱に紛れてその日のうちに帝都を去った。
「エルベルト、もう一度聞くけど、どうして暗殺者になったの?」 どうして拳銃を持っているの?ではない。 どうして、どんな理由で、何を求めて、この帝国の汚れ仕事を引き受けたのか。 ツグミが知りたいものをはっきり理解したエルベルトは、小さく息を呑んだ。 その仕草は、驚きではなく、躊躇いだったことに気づいてしまったツグミは、絶望的な表情を浮かべる。「陛下と取引したんだね」 聖女の記憶を消さずにいられる方法を知っているのは、この帝国でただ一人しかいない。(私なんかを……忘れないために……) その言葉を、ツグミは口に出すことができなかった。 けれどエルベルトは、是も否も言わずに別の言葉を紡いだ。穏やかで、優しい笑みを浮かべて。「俺が望んだことだ。お前に何かを背負わすつもりはない」 エルベルトの言葉は是と言うよりも明確な答えだった。そしてその瞬間、ツグミは罪人となった。 ツグミが犯した罪の名は、【詐欺罪】。エルベルトを含め、聖女と呼んでくれた者たちをツグミはずっと騙していた。 震える両手で、ツグミは顔を覆う。エルベルトを直視することができない。 罪を犯した人は、目を背けていた罪を目の前でさらけ出されたら、どんな行動に出るのだろう。ただ泣くのだろうか、それとも首を垂れ許しを請うのか、それがどうしたと開き直るのだろうか。 選ぶ行動は違うかもしれないけど、間違いなく想像以上の重さによろめくだろう。 そんなことをツグミが考えていたら、ふわりと全身が温もりに包まれた。「……ツグミ」 エルベルトが名を呼ぶと、吐息がツグミの耳朶をくすぐる。 エルベルトの腕の中は、いつの間にかこの世界で、最も安全で安心できる場所になっていた。 けれどツグミは、自分からこの居心地の良い場所を去らなくてはならない。「えっとね……エルベルト」 両手をエルベルトの胸に押し当て、顔を上げる。綺麗な藤色の瞳にツグミの顔が映る。 嘘つきで、醜い顔。だから、これ以上、崩れないようにツグミは無理やり笑みを作った。「一つ、教えてほしいことがあるんだ」「なんだ?」「陛下の魔法ってさ絵とかを実体化したり、置物とかを本物みたいに動かすことができるやつってあったっけ?」「は……?」 唐突なツグミの質問にエルベルトは首を傾げた。でも、すぐに「おそらくだが……」と前置きをして口を
俯いたツグミの頬を、エルベルトの大きな手が包み込む。「そうかもしれない。でも、そうじゃない部分もある」 確信に満ちたエルベルトの声は、ツグミから否定の言葉を奪ってしまう。「母親からどれだけ平和な世界があるという話を聞いたって、お前は俺らと同じように実際にその世界を見たわけじゃない。だけどお前は、どれだけ汚い世界を見ても、心が汚れなかった。絶望しなかった。ずっと平和な世界があるということを信じ続けてくれた。俺にとっては……いや、俺だけじゃなく他の皆も、ツグミのその心が光だった」 エルベルトから優しく囁かれて、ツグミの胸が痛くなる。ギシギシと、心が音を立てて軋む。 でも、エルベルトはツグミの内側の変化に気づけず、言葉を続けた。「きっかけは覚えているけど、いつからなんてわからない。気付けばお前の姿を追う自分がいて、笑いかけられればどうしていいのかわからなくなって……でも、そっけない態度を取る自分にうんざりした」 そこで一旦言葉を切ると、なぜかエルベルトは半目になった。え?なんで。「俺がそっけない態度を取っている時は、無自覚に距離を詰めようとしてきたくせに、いざ俺が腹をくくった途端、お前はトンズラこきやがって」 ちっと、舌打ちまでつけられてしまった。半目になって舌打ちするエルベルトは、やさぐれているというより、拗ねているようにも見える。 「俺が徹夜で山のような書類を片付け、陛下のクソ依頼を寝ずに片付け、無理矢理時間を作って探しても、お前は全然見つからない。人づてに探そうとしても、お前は人の記憶からすぐに消えやがる」「……えっと、ごめん?」「ほんっっっとうに、ごめんだぞ。お陰で俺はこの一年まともに寝てない」「……それも、ごめん?」「ああ。ほんっっっとうに、ごめんだ!」 ツグミが謝れば謝るほど、エルベルトの怒りが過熱していく。彼の怒りを収める方法がわからない。 途方に暮れるツグミに、エルベルトは不満がまだあるようだ。「お前を探し出したくても、探し出せなくて、マジで死にそうだった。戦時中でも味わったことのない絶望に襲われて気が狂いそうになった矢先、お前はのこのこと俺の目の前に現れやがった」「あれは不可抗力だよ……」「黙れ」 ピシャリと言われて、ツグミは頬を膨らませる。言っておくが、こっちだって見たくて見たわけじゃない。エルベルト同様
「あのさぁ、エルベルトさん……」 指をこねくり回しながら、ツグミはエルベルトを上目遣いで見る。「なんだ?」「えっとね……」「ああ」「ええっと……ね?」「だからなんだ?」 早く話せとエルベルトから目で訴えられ、ツグミはグッと拳を握って口を開いた。「つまり、私のこと好きになったのって、私が泣き虫だったからな!?」「そんなわけないだろ!」 食い気味に否定され、ツグミは「だよね」と心の中で呟く。でも──「私もね、的外れなことを言ったなぁーとは思ってるんだけど、私、好かれる要素がないなって思って。っていうか、ガチで嫌われてると思ってた」 訊きにくいことを尋ねたついでに、ツグミはこの際だから言いづらいことも口にしてしまった。「嫌われてるか……まぁ、確かにずっとつれない態度を取っていたのは認めるけど、そうはっきり言葉に出されると、結構、凹むぞ」 暖炉の薪のパチパチはぜる音だけが部屋に響く。 そんな中、額に手を当て溜息を吐くエルベルトの袖を、ツグミはツンツンと引っ張る。「あの……落ち込んでるところ悪いんだけど、できればはっきり好きになったきっかけを教えてください」「お前……鬼畜だな」 信じられないといった顔をするエルベルトに、ツグミは両手を合わせて、スリスリこすり合わせる。「このタイミングで、また変なことを……」「ん?これ、お母さんがお父さんにお願いする時に良くやってたの。これやると大概いけるって教えてもらったんだ」「……はぁー……わかった」 異世界流のお願いの仕方が斬新過ぎたのか、エルベルトは吹っ切れたようだ。「……俺たちは平和というものを知らずに戦っていたんだ」 そう呻くように絞り出したエルベルトの言葉に、ツグミの胸が軋んだ。 それだけ戦争が長かったのだ。エルベルトを含めて全員、戦うことには長けていたけれど、その後をまったく考えていなかった。いや、想像できなかったのだろう。経験したことも、教わったこともなかったのだから。『戦場こそ生き様の象徴で、戦場こそ死に場所で、自分たちは戦場の駒に過ぎない』 騎士の誰かが言った言葉を思い出したツグミの脳裏に、色褪せていた戦争中の記憶が色を帯びて蘇る。 騎士たちは、自分に暗示をかけるように、「駒だ」といつも口にしていた。でも、彼らは駒ではなく人だ。 戦場へ向かうのは、恐ろしかった
呆然とするツグミと、どうだ参ったかと謎の開き直りをするエルベルト。 エルベルトは言いたいことを言い切ってスッキリしているが、ツグミの頭の中は大混乱だ。 時間が経てば経つほど、エルベルトと再会してからのあれこれ───一緒にお風呂に入ったりとか、手を繋いで市場を歩いたこととか、キ……キスされたことなどを、否が応でも思い出してしまう。 もしかしたらと思ってたとはいえ、決定的な証拠がなかった故に、ツグミはエルベルトにデリカシーの欠片もない質問や発言を繰り返していた。 間違いなくエルベルトは内心「人の気も知らないで」思っていたことだろう。 そんなふうに過去を悔いるツグミだが、疑問は残る。だってツグミは、エルベルトに嫌われていると思っていた。それなのに好きだと告白するなんて、全然意味が分からない。「えっと……冗談じゃな──」「ぶっとばすぞ」 静かにキレるエルベルトに、ツグミは項垂れた。「……ごめん」「いや、そこで謝るな」「謝ってごめん」「……お前なぁ」 そうは言っても、”ごめん”しか言えない。 エルベルトに睨まれてツグミは口を噤んでみたけれど、心の中では無理やり言わせちゃって、ごめん。誤魔化そうとして、ごめん。あと、自分なんかを好きになっちゃって……ごめん、という言葉が溢れてくる。「……勢いで言ったことは認める。けど、冗談なのかって聞くな。俺だって……傷付くぞ」 一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくり語りかけるエルベルトを、ツグミは直視できない。「うん、そうだね、ごめん。でもにわかに信じられない話だったもんで……その……」 そこまで言って、ツグミは言葉を濁してしまう。けれど、エルベルトが全部吐けよと無言の圧をかけてくる。「つまりさ、エルベルトさんってさ……」「ん?」「やっぱ、ロリコンってことなの?」 おずおずとツグミが尋ねた途端、エルベルトはカッと目を見開いた。「誰がロリコンだ!!二度と口にするなよ!」 エルベルトのキレ方は半端なかった。もしかしたら、本人も気にしているのかもしれない。「……わかった。ごめん」「わかればいい。俺も大声出して悪かった」 互いに謝罪し合った後、再び沈黙が落ちる。しばらくして、ツグミは耐え切れずに口を開いた。「……いちゅかりゃ?」「いつからと聞きたかったのか?」 噛んでしまって赤面するツグミ
「エルベルトさん、助けに来てくれた時、私のことツグミって言ったよね」「……」 黙秘権を行使しているエルベルトだが、思いっきりしまったと顔に出ている。「えっと……誤魔化してるつもりかもしれないけど、バレバレだよ?」「……」 なおも黙り続けるエルベルトに、ツグミはもう一度、問いかける。「説明してくれる?エルベルトさん。どうして、私の本当の名前を知っているの?」 エルベルトの顔を覗き込めば、すっと目を逸らされた。それでもツグミは辛抱強く待つ。「……何言ってんだ、お前?」「いやいやいやいやっ、エルベルトさん!とぼけ方、下手くそか!」 思わずツグミが突っ込みを入れたツグミは、状況も忘れて呆れてしまった。「なんか意外。さっきまでのクールなエルベルトさんはどこ行ったの?……あはっ」 思わず笑い声を漏らしてしまったツグミに、エルベルトはギロリと睨みつける。 そして、ああ、とか、ううっ、とか言葉にならないうめき声を吐いた後、ぼそぼそと何かを呟いた。「…………の……に、決まってるだろ……」「え?何?聞こえないよ」 エルベルトの言葉は小さすぎて、一番大事なところが聞こえない。 じれったい気持ちから、ツグミは猫がすり寄るようにエルベルトに身体を近づける。その時、エルベルトは我慢できないといった感じで、ソファの肘置きを強く叩いた。「お前のことを覚えてるからに決まってるだろ!」「それはわかってる!だから、なんで覚えてるのかって訊いているの!」 逆ギレしたエルベルトに、ツグミもカッとなって大声を出す。しかし返ってきたのは、沈黙だった。 でもエルベルトの表情を見たら、言えない理由が何となくわかった。 だからツグミは、あえて自分から言葉にする。「……私のせいなんでしょ?」 その言葉に、エルベルトの眉がピクリとはねた。 たったそれだけの仕草で、ツグミは理解してしまった。エルベルトは戦争が終わってから、暗殺者になった。ツグミが、原因で。「ごめん、私がエルベルトさんに面倒事を押し付けちゃったんだよね」「……」 うなだれるツグミに、エルベルトは、否定も肯定もしない。でも、何も言わないのは、「そうだ」と言っているようなものだ。 忘却魔法を発動する時、ツグミはいきなり聖女の存在が消えたら、どうなるんだろうっていう不安を抱えていた。でも、誰かが何とかして
これからエルベルトが語るのは、これまでの関係を壊してしまうかもしれない深刻なことなのだろう。 ツグミを抱くエルベルトの腕に力がこもる。「これを持つ者は──」「あ、ちょっと待った!」 どうしよう、めっちゃ緊張してきた。思わず遮ってしまったツグミに、エルベルトがあからさまにムッとする。「お前……ここで、ストップかけるなんていい度胸じゃねぇか」 ジト目で睨まれて、ツグミはつぃーっと視線を避けながら口を開いた。「いや、なんとなく、ちゃんと向かい合って聞いたほうがいいかなって思って……」「俺はこのままでも、かまない」「私が落ち着いて聞いてられないのっ!!」 がんじがらめの状態で傷の手当てをされたまま、二人は今、ソファに座って抱き合うような姿勢になっている。 離れるタイミングがなかったとはいえ、このまま話をするのはチョット心臓が厳しい。 そんな気持ちから、ツグミはエルベルトの承諾を得ずに、さらりと逃げ出した。しかしエルベルトは無言で捕まえようと腕を伸ばす。 結局、並んでソファに座るというところで折り合いをつけたエルベルトは、仕切り直しの合図のように前髪をかき上げた。「これを持つ者は、皇帝の代弁者と言われていて、表沙汰に処理できないことを秘密裏で片づけるもの。まぁ……簡単に言えば、皇帝公認の暗殺者ってわけだ」「……陛下公認で?」「ああ」 エルベルトが暗殺者だというのは、既に知っているツグミは、そこは素直に受け入れる。「そっか。じゃあ、カザード小隊長を殺したのも、陛下の命令だったの?」「ああ、そうだ」「なら、なんで拳銃で撃たなかったの?」「そこに気付いたか。意外だな」 あからさまに驚かれて、ちょっと待って!と言いたくなる。 話の途中だというのはわかっているが、ツグミはついエルベルトを睨んでしまう。 すぐに柔らかく微笑まれてしまい、今日イチの笑顔がコレなんてと、ツグミはちょっと腑に落ちない。 でも言葉にしてしまえば話が脱線するのは目に見えている。言いたいことを、ぐっと飲み込みこんだツグミは、代わりに本題に添った疑問を口にした。「あの時、カザート小隊長を撃たなかったのはわざとってことなの?」 「ああ、そうだ。あれは見せしめに殺した」「っ……!?」 何の抵抗もなく”殺す”という単語を使うエルベルトに、ツグミは背