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prologue 終わりの始まり③

Penulis: 当麻月菜
last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-29 21:23:36

 衣装の裾を持ち上げて階段を上がるツグミに、護衛騎士達が心配そうに声をかける。

「お嬢、こけんなよ」

「笑顔ですよ、笑顔」

「とちったら、僕が何とかするから気楽にね」

 彼らの目には、自分は出会ったころのひ弱な16歳の女の子のままなのだろうか。サギルとリュリーアナはともかく、カダンとは一つしか年が違わないのに。

 いい加減、子ども扱いしないでと言いたくなる気持ちがないと言えば嘘になるが、彼らが与えてくれたものの方が遥かに多いのも事実。

 それに、彼らはこの舞台の床に、忘却の魔法陣があることを知らない。

 言えば、絶対に反対されることはわかっていた。そして家族同然の彼らに引き留められたら、自分の決意は、間違いなく揺らいでしまうだろう。

 説得を放棄して消えようとする自分は、駄々をこねる子供と一緒だ。

 狡い自分を微笑むことで隠したツグミは、護衛騎士に一つ頷いてから舞台に立つ。正面を向いたと同時に、神殿の塔の鐘がゴーンゴーンと鳴り響く。

「まずは、この戦争で神の御許に導かれた者たちに、祈りを」

 鐘の音を背に、ツグミは祈りの形に指を組む。それに倣って帝国民も祈りを捧げる。

 16年間愛を注いでくれた両親に。共に戦った者たちに。戦火で命を奪われた全ての人に。そして前皇帝と、第一皇子に。

 表向きは、前皇帝は病死。第一皇子は事故死したとされているが、真実は違う。寝返った家臣に、二人は暗殺されたのだ。

 当時、第二皇子だったアレクセルは、戦争の最前線で指揮を執っており、急ぎ皇城に戻る途中に、焼け野原になった村でさまよっていたツグミを拾って帰還した。

 あの時、アレクセルが自分を拾ってくれなかったら、自分は間違いなく、祈る側ではなく祈られる側になっていただろう。

 保護してくれたのに、泣かれて、暴れられて、脛を蹴られ、頬をひっかかれ──散々な目にあったアレクセルは、とんだ災難だった。でも一度も、怒らなかった。ただ、ちょっと涙目になっていた。

 あの時のアレクセルの顔を思い出し、ツグミはふっと笑う。

 祈りを終えたツグミは、まっすぐ視線を固定して口を開いた。

「新しい時代の幕が明けました」

 ツグミの声で、帝国民は祈りの形に組んだ指を解き、顔を上げる。

「それでも、痛みや苦しみを伴う試練は、あなたたちの前に現れるでしょう。眠れない夜を過ごす日もあるかもしれません」

 そう。戦争が終わったからといって、すぐに元通りになるわけじゃない。

 失った命は二度と戻らないし、壊れた建物の修復は、何か月もかかる。踏み荒らされた畑は一から耕す必要があるし、家族や恋人を失った悲しみは、いつまで経っても癒えることはないだろう。それでも──

「どんな時だって私の心は、いつもあなたたちと共にあります。いつでも祈ってます」

 たとえこの世界から聖女の存在が消えたとしても、心の支えになるものは、いつもすぐそばにある。

 人々が祈り方を忘れないかぎり、きっと気づいてくれるだろう。

 だってツグミは、そう神に教えられた。血にまみれた瓦礫の中、必死に祈りながら夜を明かした朝、ちゃんと光を見ることができたのだ。虚無の祈りは、この世にないことを知った。

「皆さんが穏やかな心で眠りにつけますように。大人たちが大切なものを守りきれますように。子供たちが明るい未来を描けますように。絶望しても、立ち上がれますように。泣いた後に、笑顔になれますように」

 ツグミが口に出した願いは、全て人が生まれながらにして持つ権利だ。

 これが願いではなく、当たり前になればいい。

 そして人々が、神様を困らすくらい壮大な願いを口にできる世の中になればいいと願いながら、ツグミは再び祈りの形に手を組んだ。

 目を閉じ、息を整える。意識を集中して、足元にある魔法陣に魔力をゆっくりと注ぐ。  

 足元がじんわりと熱を帯びてきたのを確認すると、一気に魔力を魔法陣に注いだ。

「ツグミ!」

 最初に異変に気付いたのは、カダンだった。

 さすが稀代の軍師。魔法に誰よりも精通している。だけど、一度術が発動すれば、もう誰にも止めることはできない。

「お嬢、なにやってるんだ!!」

「ツグミ様、おやめくださいっ」

 血相変えて舞台に上ろうとするカダンを見て、サギルとリュリーアナも何かがおかしいことに気づいたようだ。帝国民も、官僚も、神官たちでさえ立ち上がり、ざわざわとし始める。

 ひときわ豪奢な席に座るアレクセルだけは、静かにツグミを見守っている。

「どうして!?なんで!?嫌だっ、ツグミを忘れたくない!」

 舞台に上ってきたカダンが、ツグミに手を伸ばすが、あと少しといったところで辺りは光に染まった。

 眩しくて目を開けられなくなり、思わず瞼を閉じた瞬間、何かが弾けた。

 ゆるゆると目を開ければ、淡い光を放つ何かが、はらはらと空から舞い降りている。それはまるで、花びらのようでもあり、雪のようでもあったけれど、触ることはできない。

「ごめんね、カダン、サギル、リュリーアナ」

 キラキラ輝く視界の中、ツグミは振り返ってカダン達に謝罪の言葉を紡ぐ。彼らの瞳は、絶望の色をたたえながら、ゆっくり力をなくしてく。

「……やだよ、おねがい……忘れ……たくない……」

 それでも必死に抗うカダンに、ツグミは近寄ると、その手を取った。

「うん、ありがとう。大丈夫、カダンが私のことを忘れても、私は絶対に忘れないから」

 気休めにもならなかったのだろうか。カダンの瞳から、一筋の涙が滑り落ちる。

 それを指先で拭いながら、ツグミは栗色の髪をわしゃわしゃ撫でた。

「泣かないで、カダン。また会えるよ、いつか、きっと。その時は、私から話しかけるから──」

 冷たくしないでね。

 最後の言葉を紡ぐ前に、カダンの瞳は完全に力を失い──大陸全土に降り注いだ魔法の光は、人々から聖女ツグミの存在を消し去った。

 そして聖女から孤児に戻ったツグミは、混乱に紛れてその日のうちに帝都を去った。

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